たたたた。

あんまりじろじろ読んじゃ嫌。

山さき(神楽坂) : 予約困難な鍋。行ってみて理解、確かに素晴らしい店そして丁寧な鍋。しかし、ねぎま鍋をうまいという奴は誰だ誰だ誰だ。

ねぎま鍋って旨いの?老舗『よし梅』は正直、××だと思った。

かねがね旨いのかどうか、とても疑問だった料理がある。それが東京名物、ねぎま鍋だ。名物に美味いものなし、とは良く言われる話だが、その中でもひどすぎる。だって、生の方が旨いんじゃない?としか思えないから。だって、せっかくのマグロがパサパサになってシーチキンみたいになるんだよ?もったいない。この気持ちは、老舗の名店「よし梅」に行った時も全く変わらなかった。いや、より疑いの気持ちが?

で、今回行ったのが堂々食べログ4点超えの名店、山さき。予約に一ヶ月くらい待ちました。電話予約の対応は非常に丁寧。ここがねぎま鍋の最終兵器だ!

山さき、その味

まずはぬた、そして前菜をいただく。日本酒によく合う。が、今日はあくまでねぎま鍋が目当てなのだ。

いよいよ鍋の登場!かなり分厚い赤身がどーん。それをネギ、そして様々な具と共に頂く。初めはワカメ、そしてセリ、ウド、クレソンと回数を分けて。この心遣いが嬉しい。ウドが特にうまい。マグロは意外なほどじっくり時間をかけて煮込んでいく。マグロは脂身の少なめな部位から徐々に脂がのった部位へ。旨い、しみじみ旨い。
締めは、鍋の汁をご飯にかけて。一杯、二杯、そしてそおっと三杯。あっという間の晩餐だった。今まで食べたことのあるねぎま鍋とは違う。僕のような疑問をもつ人は、一回は是非味わっておくべき店だ。

しかし、しかしだ。やはり、最初の赤身がややぱさつきを感じる。うむむむ。あんなに上等なマグロなのに。あんなに丁寧に作られているのに。

ねぎま鍋との決別

やっぱり、まぐろは鍋にはもったいない。ねぎま鍋は昔々、まぐろが余っていてトロを捨てていたような江戸時代ならでは、の料理だと思う。魯山人もこんな風に書いている。

北大路魯山人 鮪を食う話

もっとも冬場(ふゆば)でも、まぐろの腹部の肉、俗に砂摺(すなず)りというところが脂身(あぶらみ)であるゆえに、木目(もくめ)のような皮の部分が噛(か)み切れない筋(すじ)となるから、この部分は細切りして、「ねぎま」というなべものにして、寒い時分(じぶん)、東京人のよろこぶものである。すなわち、ねぎとまぐろの脂肪とをいっしょにして、すき焼きのように煮て食うのである。年寄りは、くどい料理としてよろこばぬが、血気(けっき)壮(さか)んな者には美味(うま)いものである。

噛み切れないような、筋の部分を使うのだ。そして、鍋にしてさえも、くどいくらい脂がのっているのだ。ちなみに砂摺り、は大トロのこと。うむう。昨今のねぎま鍋は大してくどくない。これは日本人の味覚が欧米化したのか、マグロが変わったのか、 果たして両方なのか。

結論として、ねぎま鍋には値段ほどの価値を残念ながら感じない。ごく一部の店でしか提供していない事実もそれを裏付けていると思う。だから贅沢でいいっていう人もいるだろうけど、庶民にはちょっと…。